IN YA MELLOW YONEとの出会い

実はそんな奇跡がもう1個あるんだよね。

19歳の頃俺はオーストラリアにいて、

初めてJazzを生で聞いたのがきっかけで日本に帰ってきてから唯一ハマった音楽がある。


これがなかったら2回目の上京はなかったかもしれない。

実はオーストラリアから帰ってきて5年間くらい音楽活動やってなくて、1週間に1回家でふざけて10分弾く程度で、音楽もほぼ聞いてなかったんだけど、ある音楽だけは聞いてた。

それがIN YA MELLOW TONE

なんとなーくネットで「Jazz」で調べてたらIN YA MELLOW TONEがヒットして、そっこーTSUTAYAだよ!ww
夜中にサニブラウン級のダッシュで。

最初は全員外国人だと思ってたんだけど、ちょいちょい日本人アーティストの名前あるから、調べたら日本のレーベルかい!ってなってね。
その時は「東京にこの音楽があるんだぁ」って漠然と思った。

そして「バカ正直&何でも出来ると思い込んでる人間」の俺は

この人たちに会いたい。

re:plusさんに会いたい。

あわよくばIN YA MELLOW TONEに入りたい。いや、入る!って決めた!


その為には東京に行かんと実現できないよね?

一旦全て捨てて上京する事にした。

そうして音楽を再開して作った歌がOneだ。


最初は知り合いもいないし、ライブやってもお客さん0人だし全然だったけど、ある人と知り合った事で全てがひっくり返った。

タカさんというDJ兼バーの経営者と出会い、その人にルフィばりの勢いで「俺はIN YA MELLOW TONEに入るんだ」って言い続けた。

そしたら、たまたまレーベルの社長JFKさんと知り合いで、音源を送ってくれて

後日会ってもらえるって話になった。

最初マジで超緊張したよ。

お腹痛くなったし、何故か黒染めしていったし。


そして色々あったけど(←省略するねw)Goon Traxでお世話になることになった。


ここでKEITHが誕生した。


何回も挫折して本気で一度諦めたからこそ気付けたことがある。
そして俺はIYMTから音楽の難しさ、楽しさ、自分の可能性を教えてもらった。
「俺にもできる」って意味じゃなくて、「音楽やりたい!東京行きたい!こういう人達と勝負したい!」って本気で思えた音楽に出会えた。
リベンジのチャンスをくれた。
まあ音楽に勝ち負けはないんだけどね。。

そして今その人達と一緒に音楽が出来てるってことに感謝しかない。


支えてくれている人達や、俺をバカにしてきた人達、道を示してくれた人達、家族に感謝ですね。

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